大好きなピアノが、認知症による行動・心理症状の改善のきっかけに。
「さまざまな取り組みの結果、認知症による⾏動・⼼理症状※は改善され、⼊居から4年経った今でも穏やかに過ごしていらっしゃいます。これは素晴らしいことだと思います」
※認知症による徘徊、暴力、介護拒否、妄想、抑うつなどの症状。
こう振り返るのは、アライブ代々⽊⼤⼭町の介護スタッフ岡﨑聡美さん。岡﨑さんはアライブ代々⽊⼤⼭町に⼊居されているA様の認知症ケアに携わってきました。
A様は現在81歳。ご自宅でご主人と長女様と同居されていましたが、2018年頃から徐々に物忘れが始まり、常に空腹感があって、食べ物ではないものを口にすることもありました。
⽇中お⼀⼈で過ごすことが多いA様の⽣活をご家族が不安視し、2018年にアライブ代々⽊⼤⼭町に⼊居。⼊居時には、短期記憶障害、認知機能の低下のほか、異⾷、引きこもり、集団に馴染めないなど認知症の⾏動・⼼理症状が⾒られました。
「専⾨的なケアを⾏って、少しでも認知症の⾏動・⼼理症状を改善しA様にとって安全で安⼼な⽣活を整備したい」。そう考えたアライブでは、経験や勘に頼らず、⾏動観察や科学的評価指標を⽤いて、A様に合った認知症ケアの実践を導⼊していきます。
“生活歴”を知ることの大事さ
まずはA様の、認知症の⾏動・⼼理症状を細かく分析し、A様がどのような認知症分類にあてはまるのかを調べ、その分類に合ったケアの⽅法を取り⼊れる準備を始めました。
分類に合ったケアとひと口に言っても「統計で得られたこの認知症分類の方にはこの対応」というものをそのまま実施するだけではなく、その⽅お⼀⼈おひとりの個性に沿っていることがより効果的です。そのため、何より重要なのは、その方の生活歴と人となりを知ることです。とはいえ、認知症が進んでいるA様からいろいろなことを聞き出すのは容易ではありませんでした。
ご家族にも協力を得てお写真を拝借し「『この方はどなたですか?』とか『このワンちゃんの名前は何でしたっけ?』などと思い出話をするなど自然なコミュニケーションの中からキーワードを引き出したりご家族からも情報を収集したりしていきました」
聞き取りから分かったのは、A様が活発な性格で多趣味な方だということでした。料理や草花の手入れ、歴史、テニス、ピアノ、お酒、旅行などの趣味があり、会社員だった若い頃は男性職員たちの憧れの的でした。
「一般的に認知症の症状が出ると、物忘れなどが主症状であることが多い為に、そのことを指摘されることが多く、直接的な言葉ではなくても態度や表情で否定的に接されたり、責められたりすることがよくあります。A様は若い頃から職場の憧れの存在でしたが、年を重ねることでそのような関りが失われ、自信をなくしているようでした」
そこで岡﨑さんをはじめとするスタッフは、A様に積極的に声をかけ、機会とらえて「ありがとう」と感謝の⾔葉をかけ、A様の存在を肯定し続けるようにしました。これは今でも継続しているそうです。
もうひとつ大切なのは、A様の望みを知ることです。認知症が進んでいて、思うようにコミュニケーションはとれませんでしたが、岡﨑さんたちは毎日A様を観察していてあることに気づきます。
「A様が机でピアノを弾く素振りを頻繁にしているのを思い出したのです。もともとピアノがお上手だったそうなので、『ピアノを弾きにいきましょう!』と提案して、毎日 5分でも10分でもピアノを弾いてもらうようにしました。弾いているときの A様は、とても楽しそうでした」
その⽅の個性に合わせた取り組みを
A様の課題のひとつが、部屋に引きこもって孤立しがちになることでした。岡﨑さんたちは課題解決のため、大きな変化を取り入れます。
「環境設定から変えました。共⽤スペースは⾷事などをする場所なので、席がある程度決まっていて相席することもありますが、A様はお⼀⼈でいるのが好きなのを発⾒したので、あえて個別の席にさせていただきました」
「みんなと一緒にいましょう」ではなく「一人でもいいですよ」。A様の個性や好み、生活の仕方に合わせたフレキシブルなケアによって、部屋から出られるようになったのです。
認知症ケアにとって基本となる、適度な⽔分の摂取、美味しい⾷事、ご⾃⾝で⾏う排泄、質の⾼い睡眠、適度な運動も、それぞれの専⾨家と連携して継続していきました。医療的な⾯でも看護スタッフと連携をはかり、内服の調整と共に減薬もしていきました。
やがて、A様に目に見えた変化が起こりはじめます。入居時にあった空腹感や異食行為が、ある頃からぱたりとなくなったのです。閉じこもることもなくなり共用スペースで過ごす時間も格段に増えました。
「その⼈のことを知り、その⼈に合わせた取り組みを⽇々積み重ねていったことが、認知症の⾏動・⼼理症状の改善につながりました。認知症ケアを始めてから約2年以上経過していますが介護度も上がらず、福祉⽤具を使う事もなくお⼀⼈で歩くこともできます。アルツハイマーの症状の進⾏も⾮常に穏やかです。これは我々の⾃信にもなりました」
A様の事例はアライブ全体で共有され、すべてのホームで認知症ケアに役立てています。また、アライブ独自の認知症ケアの研究も進んでいます。
今後、⾼齢化社会が進むと同時に、認知症患者も増加していくのは確実です。アライブの認知症ケアと認知症の⾏動・⼼理症状の改善に関する取り組みが、多くの⼈たちの役に⽴つことを目指します。
取材・文:大山くまお
※インタビュー内容やご年齢などは、取材当時のものです。
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